緑といったらどんなイメージをするのでしょう?植物,生命,若々しい,生き生きとしたなど、『生命』をテーマにイメージされることは多いです。

緑は植物に大変良く見かける色です。小学校のときに、朝顔を育てた経験がある方も多いと思われますが、朝顔の芽や双葉は黄緑や緑色です。朝顔に限らず、さまざまな植物は芽や葉の色が緑であることが多いです。また自然界で緑のものというと、植物が圧倒的に多く、これ以外に緑を探すことは難しいです。そのため緑は、『生の始まり』を連想させることがあるのです。

『緑』という漢字は『芽』と同じ起源を持ち、植物の成長をあらわしています。 英語のgreenもgrassやgrowと同じ起源を 持っています。そのため、緑色をあらわす植物的な生命のイメージ,みずみずしさ,豊かさのイメージは、比較的普遍であると思われます。

『嬰児(みどりご)』という言葉がありますが、これは生まれたばかりで生命がみなぎる赤ちゃんを指し、みずみずしさを表す言葉でもあります。また「みどりの黒髪」も、決して髪の毛が緑色をしているのではなく、若い女性の豊かな髪をたたえる言葉です。

緑は健康的、生命的なイメージだけではなく、心を落ち着かせる働きがあります。たとえば非常口の表示は、非難のとき落ち着いて行動ができるようにと、緑色になっています。麻雀卓やビリヤード台の色が緑色なのも、冷静にプレイできるように、配慮したものです。戦前は兵士の疲れを癒すためと、冷静な判断をもたせるための理由で、戦車の外装や内装は緑が用いられていました。同時にこの緑は、カモフラージュの効果もありました。(戦車と森が同化)


緑は癒しになるとは限らない

緑には『癒し』をイメージさせることがしばしばあります。しかしどんな局面でも癒しになるかというとそうとは限りません。一昔前(70年代〜80年代中盤あたり)、疲れを癒すといったことから、緑はディスプレイに多用されたこともありました。パソコン、ワープロ、電卓の表示部にもグリーンを用いたものもありました。このようなディスプレイを、グリーンディスプレイと呼び、カラーディスプレイが普及するまでは、主流のディスプレイでした。また白黒のパソコンを、グリーンディスプレイに見せかけるために、グリーンのカラーフィルターもありました。

しかし研究機関が実験した結果によると、グリーンのディスプレイは、逆に目を疲れさせ、疲労が増すことがわかりました。黒背景で細かい文字でちらつきながら提示されるような自発光の緑は、かえって疲れさせることが分かりました。(補色対比より、緑の動く文字は、ピンク色のちらつきがする。)そしてグリーンディスプレイは徐々に姿を消したのです。(補足:グリーンディスプレイが消滅した決定的な理由は、カラーディスプレイが普及したからであると考えられる。)

どんな緑でも疲れを癒すのではありません。癒す緑はあくまでも自然の緑を太陽の光の元で見るような緑であり、人工的な光の緑は逆に疲れさせてしまいます。パソコン上で色を指定するとき、緑はもっとも厄介です。なぜなら緑は、ディスプレイ上で表現できる範囲が、インク上で表現できる範囲よりはるかに広いからです。そのため自然な緑(森や植物を連想させる緑)を、 ディスプレイ上に出したいときは、緑の彩度をかなり下げないと、不自然な緑になってしまいます。「緑は癒しの色だが、そうとは限らない状況もある」ってことを頭の隅に止めると良いです。決して罰は当たりません。


青緑はイメージが逆転する

緑は「生命」「みずみずしい」「癒し」「生き生きした」というイメージがあるのは、日本でも欧米でも同様であります。これは植物の緑の持つ意味が、地球規模で普遍であったからであろうと思われます。しかし植物の緑は、厳密に言えば、緑の中心から黄緑までで、青緑系の色はあんまりありません。青緑は、日本では明確なイメージがないから、緑と同じように「生命」 のイメージとして考えることが多いです。その表れが「青々とした風景」「青い山脈」などです。

しかし西洋では、青緑は「死」「毒」のイメージとして、受け取られることもあります。黄緑〜緑とは全く逆のイメージですね。なぜこのようなイメージが生じるのでしょうか?

日本では棺桶に死体を入れた後、焼いて骨にしてから埋葬する火葬が通例であるに対して、西洋では死体をそのまま土に埋葬するのが通例です。また西洋では宗教的戒律が厳しく、死後も背信の追求を受けることがありました。そのため、一度埋めた死体を再び掘り返す機会があったのです。人間は死後に、死斑と呼ばれる点が全身に出るが、時間がたつと青緑に変化することがあります。掘り返されて、開けられた棺桶の中には、青緑色の屍が棺桶の中にあったと考えられ、これが青緑の「死」のイメージを形成してきたと考えられます。

また青緑の物質は、有害な物質が多いです。緑青(銅のさび)は、その名のとおり青みがかかった緑をしており、人体に有害でした。古くから顔料として用いられて、緑青の毒性が知られていなかった時代においては、塗料として使われていました。 青酸カリ、青酸ナトリウムのようなシアン系化合物も、状況によっては青緑の色になり、毒性が知られるまでは、相当な死者が出ました。これらが青緑の「毒」のイメージが生み出されたと考えられます。

日本では現在は火葬で埋葬するし、明治以前のように土葬にしても、その後死体が人目に触れる機会は、西洋に比べて少なかったです。(宗教的戒律が西洋に比べてうすい。)そのため日本では、青緑に「死」のイメージが生じなかったと考えられます。

西洋のホラー映画を見ると、登場するモンスターが青緑系の緑をしています。体液も青緑に書かれていることがあります。これらの青緑は、「死」のイメージが具現化のひとつです。そのためモンスターを書くには、青緑は絶好の色です。また西洋では、タコやイカは嫌われているが(最近はそうでもないらしいけど)、血液が青緑色をしているからです。タコやイカの血液は、へモシアニン系であり、銅を主成分とした青緑色の血液です。

このように日本では、緑といえば黄緑〜青緑まで広い範囲を含むが、黄緑と青緑に違ったイメージを持っている場所では、これらは全く別の色として区別されます。

さてここでちょっと息抜きです。いまロールプレイングゲームを作ったとして、毒の魔法と回復の魔法を考えるとします。仮に毒の魔法を「ポイズン」、回復魔法を「ヒール」とします。そしてこれらの魔法を、唱えたとき(唱えられたとき)、魔法をかけられる側のグラフィックを考えます。このとき、ポイズンは青緑を使い、ヒールは黄緑を使うと良いです。

魔法のグラフィック(回復と毒)

上の図は形は全く同じで、玉の色を変えただけですが、かなりイメージは違って見えると思います。

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