黒は光が反射していない状態を指し、「クラシ」から生じている と考えられています。「クラシ」は現在で言う「暗し」の意味であり、 もともとは「昏し」と書いていました。「黄昏」と言う言葉もあるが、 「昏」の意味は「暗くなる」「終末」という意味に相当します。「 黄色い光を放つ夕焼けはもうすぐ暗くなる前兆だ」といった考えから、 「黄昏」という言葉が生まれたかもしれませんね。

さて「黒」と言う漢字は、「墨」から派生した漢字であると言われ、 かまどにススが付いた状態を表している象形文字です。ということは 、「黒」は、家にかまどができてから、生まれた漢字であることがわかります。 したがって「墨」や「黒」は、そんなに古くない漢字です。

「黒」を用いる以前は、「玄」を用いていました。これは現在でも 使われており、「玄人」というと「素人」とは反対に、知識や技術が 熟練した人を指し、凡人には想像も付かないような人を指します。 魁男塾を読んだことがある方なら分かるかもしれないが、「玄海」 と言う言葉があり、これは海があまりにも深くて、どの程度深いか 見当も付かないと言った意味です。「幽玄」も暗くてよくわからない 状態を指します。また目の前が暗くなることを「眩む」と言います。

「くろ」→玄の状態、暗い状態、見えない状態を指す。

中国五行説では、自分の国を守る守護神が各方角にいて、 東は青龍,西は白虎,南は朱雀,北は玄武でした。(野蛮人を シャットアウトするため。)このうち北の方角の守護神は、玄武であり 、色は「くろ」です。中国の北に相当するシベリアは、 陽が良く指さずに、薄暗いからであると言われています。 なお中心を示す中華の色は、黄金をあらわす「黄色」でした。

儀式としての黒、高級なイメージの黒

西洋では、黒はプロテスタントの色でした。これは16世紀末に プロテスタントが、黒や暗い色は道徳的な色と見なし、鮮やかな色は 不道徳とする色彩倫理を説いたためであると言われています。 産業革命以後の上層階級でダンディと称された風俗が流行り、 黒い燕尾服が礼装として成立しました。 これはプロテスタントの思想をバックに生まれたものです。 今日も事務機器に無彩色や低彩度の色が多いのも、機械生産の 始まった時代にプロテスタントの思想が支えとなったことに 由来しているのです。

日本では黒は仏教の色であり、葬式で黒の喪服が着られるのは、 葬式が仏教様式であるためです。もっとも最近は仏教様式にこだわらず、 無宗教様式で行われることもありますが、やはり喪服は黒を着用する ことが多いです。一度培われた習慣を、急に変えるのは、 困難であることが分かります。

黒が「仏教の色」になった背景を述べます。 仏教が伝来する6世紀時、僧侶は赤や紫のような華やかな色彩 の服を着用していました。僧侶の服が黒になったのは、武家政権が 誕生してからです。武家政権によって、質実剛健がキーワードになり、 黒や地味な色が好まれ、華やかな色は疎まれるようになりました。

このため黒は、次第に仏教の色として、用いられるように なったのです。また布を、黒という色に染めると、他の色に染まる ことはなく、どのような染料を用いても、布は黒のままです。つまり黒は 「もう他の色には染まらない」「仏教に帰依したからには改宗しない。」 といった「忠誠心」や「誠実さ」を示す色でもあるのです。

この点で黒のイメージは、白と似ています。白と黒は反対の意味で しばしば比較されるが、どちらも「忠誠」「誠実」と言った意味を表しているの です。そのため黒と白は、儀式の色として用いられ、「正式な」「真面目」「高級」 というイメージが生まれました。

学ランが黒なのも、「誠実」「まじめ」といったイメージを表現する ためです。(学ランは元々軍服であった。)官公庁の車が黒なのも、 「まじめな」「高級」といったイメージを出し、国民に「まじめにやってい ます。」とアピールするためであると考えられます。

商品パッケージで高級なイメージを出すのに、黒や暗い色はキーカラーの 一つです。(他に金がある。)例えばエルメスでは、ラッピングを頼むと 、オレンジの包装紙にこげ茶のリボンをかけてくれます。高級感を出すための カラー戦略であると思われます。

ちなみに黒の持つ「高級」「真面目」というイメージは、そんなに古いものではありません。 その根拠として、黒は「冠位一二階」で、最下位の色として用いられていました。 高級な色なら、黒はもっと上位に位置するはずです。もちろんこの時代は、武家政権が 発達していないときです。また持統天皇の「衣服令」では、 「黒=最も身分が卑しい色」とされていました。

黒と死

黒には「高級な」イメージの他に、「死」と いったイメージもあります。これは黒→仏教→葬式→死といった 連想が主であると考えられます。

西洋でも黒は「死」のイメージがあります。しかし西洋では、 黒→闇→地中→死といった連想が主であり、日本とは「死」の イメージが違います。これは埋葬形式の違いであると考えられ ます。日本では火葬が主であり、西洋では土葬が主です。

このため土葬を行うと、地下→闇→死といった連想が生まれます。 古墳があるように、日本でも大昔は、土葬が主流でしたから、 西洋と似たような「死」の連想が、わずかながら残っていると 考えられます。例えば「腹黒い」という言葉が、今でも使われています。 「闇」「隠れている」などのイメージによって、生まれた言葉 かもしれません。

現在と黒

黒は、洗練されたイメージもあります。1980年、流行色として黒が 流行しました。ファッションでは「カラス族」が流行りました。 インテリアや家電製品にも黒い商品が氾濫しました。

黒は機械、ハイテクと言ったイメージもあります。これは産業革命以後の 機械化が生み出したイメージであり、現在私たちは、機械に囲まれ育った ため(他にテレビの影響もある。)、黒→金属→機械→ハイテクといっ た連想が生じます。このイメージは家電製品に良く表れており、テレビや ビデオやラジカセは、黒が非常に多いのです。

ガングロ少女

1990年代後半、ガングロが流行りました。日焼けサロンに行ったり、 黒のファンデーションを塗るなど、肌を黒くするのです。 ちなみにガングロが語源は「ガンガン黒くする。」から由来しているそうです。

ところでガングロをプラスイメージで報道されたことがあったでしょうか? ほとんどは「反社会的」とか「規範から外れている」とか、そういったイメージで 報道されたのではないでしょうか。

冷静に考えれば、ガングロ少女の中にも まじめな少女がる可能性は、十分にあります。ただ単に「流行っているから」 「相手が色黒好みだから。」といった理由で、黒くしただけかもしれませんよね。 そう考えると、私たちのガングロのイメージと実際のガングロ少女の間には、大きなずれが ある可能性も否定できません。ガングロの中にも真面目なタイプがいるかもしれないのに (実際たくさんいると思う。)、肌が黒いだけで、全てをひと括りにするのは 非常に危険です。

なぜガングロ少女はマイナスイメージを背負わせたのか?その理由は、ガングロ少女の イメージを逆転させて見て欲しい。貞操観念を守り、社会に従順で、化粧は白く薄化粧で 家庭環境は良い。「少女はこうあるべきだ!」といった、近代日本的な社会的規範が 表れるのです。社会が大きく変化して、世代間の価値観が大きくずれている今日、 日本国民として理想的な少女像を見直させるために、ガングロ少女は利用されたような 気がしてならないのです。

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO